沖縄語と日本語
どうも。ボクタロサです。前回ウチナーグチのはなしがちらっと出たけど、これはその続き。沖縄語って何さ〜?って今回は沖縄の言葉のはなしッス!
前項の「琉球と沖縄」で述べたように、琉球王国の文化は、450年もの間自立的に栄えたのだが、その間の王国内では、沖縄島の首都である首里の言葉を標準語としてきて、それぞれに自立的な言葉を持っていた奄美、宮古、八重山の側からすれば、沖縄の首里語は学んで習得しなければならない中央語であり文化語でもあった。
さて、現在の沖縄では、沖縄で話されている言葉をウチナーグチ(沖縄口)、本土で話されている言葉をヤマトゥグチ(大和口)といいわける。ちなみに1609年、薩摩の支配を受けるようになって以後の琉球王国時代には、政治、経済、文化の上でつながる薩摩語をヤマトゥグチ、間接的な江戸語をウフヤマトゥヌクトゥバ(大大和の言葉)といいわけていたようだが、現在は本土で使われている日本語を総称してヤマトゥグチとし、ウチナーグチと区別しているようだ。ここでいうウチナーグチは、沖縄本島およびその周辺離島で使われる言葉のことで、宮古、八重山、奄美の言葉はウチナーグチの中に入らない。
現在の沖縄で広く使われているウチナーグチは、そのまま沖縄語といいかえることができ、沖縄語は、宮古語、八重山語、奄美語、と並べられ、言語学問的にはそれら4つを総称して「沖縄方言」としているようである。
言語学間上では、本土方言と琉球方言には音韻に厳格な対応関係が見られ、文法、文構成の法則など、すべてに於いて言語の同一性、類似性が細かく検証できるようで、沖縄の言葉は日本語の中の大きな方言として区別することが普通であるようだ。しかし学問的説明がどのようにつくにしろ、実際、沖縄の言葉に初めて接する人は会話をそのまま理解することは到底無理なことであろう。
言語学者によると、琉球方言の日本祖語からの分岐は、2、3世紀から6、7世紀頃で、それ以後、日本語の主流である本土方言が文字文化に接し変化の速度をはやめていくのに対して、地理的、歴史的に閉鎖性と停滞性を根強くかこっている沖縄では、琉球方言はきわめてスローな歩みをしたと考えられる。本土方言と沖縄方言とでは、通じない程度がドイツ語と英語のへだたり以上だそうだ、といえば少しはその感じが分かるのではないだろうか。
ところで、北欧のデンマーク語、スウェーデン語、ノルウェー語は、それぞれの国家を背景に「--語」といいわけられているが、それらは古代北欧語を基にして分かれていったもので、そのまま通じあうそうだ。同じように、ロシア語、ポーランド語、チェック語、セルビア語もまた通じあう言語であるという。このようにヨーロッパに於ける国と常用語との実態を知ると、日本語内の本土方言と琉球方言の隔たりの大きさが想像できるのではないだろうか。
さらに琉球方言内では、奄美、沖縄、宮古、八重山の言葉は、島ごとに独自の条件と変化要因を抱え込みそれぞれ発展してきたので、それぞれにまったく通じないといってもよいくらいに言語差がいちじるしい。この事実は、日本語内に於ける本土方言と琉球方言の落差自体が重要なことなのに、その琉球方言内で、さらにそれぞれの言葉が通じないということは、かなり大きな格差として注目に値する。
奄美、沖縄、宮古、八重山諸島内の四方言は、あわせて十数の方言群に分かれていて、それぞれにはっきりとした言語差を認める事ができ、本土方言の区分よりも多い。本土一億の人口が保有している方言群と、沖縄百万の人口が保有している方言群とを比較するとき、その数も、その差異も沖縄のほうがより多く、より複雑であるということは、琉球方言の独自性を十分に感じられる要素であると思う。それだけに沖縄の島で生まれ育っている人々の言語生活には計り知れない苦労がつきまとうのであり、明治以後、近代化を進めてきた沖縄で、標準語励行運動や共通語教育が盛んであるという地域的現象は、島の人々の内側からの切なる願いなのであろう。
このようなことからボク個人的には「日本語」に対して「沖縄語」もしくは「琉球語」と呼び分けたほうがいいなと思うのであるが、言語学上では普通「--語」という場合には、国家を背景としているそうで、この場合は同一国家内の言葉であるところから、沖縄の言葉を琉球方言というようである。でもオレなんかは沖縄語って呼んじゃうけどね。
ちなみにボクの友達に沖縄人が何人かいるんスけど、沖縄語っていうよりは沖縄弁というかんじで、アクセントは特殊だが、そんなにハードコアな沖縄口ではないので十分に理解できる。これは島から大和に出て来た島人が、島人相手ではなく大和人を相手にしているということも多いに関係があるだろうが、ボクらの町のおじいちゃんおばあちゃんの世代が選ぶ言葉や単語と、お父さんお母さん世代が選ぶ言葉や単語、そしてボクたちのような比較的若い世代が選ぶ言葉や単語が少しづつ変化しているように、沖縄でも世代ごとに随分と変化してきているのであろう。
ところでボクの友人の沖縄人達は決まってテンションが異常に高く、われわれがヒイキにしていた沖縄居酒屋などでは泡盛をがぶ呑みしたあげくに決まって全裸になりしょっちゅう出入り禁止になって、解禁になればまたすぐ出禁という体たらくであったが、それは今の沖縄の風土と多いに関係がありそうだ。 ん?あるのか??それが何であるかは現時点ではまだ分からないでいる。それは今後の課題。
う〜ん、とにかく知れば知るほど謎が多い地域だ。そんな沖縄にボクは見えない力で魅了されてしまっている。
ちなみに現代の欧米に住居する一部のナウでヤングな人々が使う隠語で、出入り禁止になることを「86ed」というそうだが、その理由をワタシは知らないし、今カンケーないッスよね!
前項の「琉球と沖縄」で述べたように、琉球王国の文化は、450年もの間自立的に栄えたのだが、その間の王国内では、沖縄島の首都である首里の言葉を標準語としてきて、それぞれに自立的な言葉を持っていた奄美、宮古、八重山の側からすれば、沖縄の首里語は学んで習得しなければならない中央語であり文化語でもあった。
さて、現在の沖縄では、沖縄で話されている言葉をウチナーグチ(沖縄口)、本土で話されている言葉をヤマトゥグチ(大和口)といいわける。ちなみに1609年、薩摩の支配を受けるようになって以後の琉球王国時代には、政治、経済、文化の上でつながる薩摩語をヤマトゥグチ、間接的な江戸語をウフヤマトゥヌクトゥバ(大大和の言葉)といいわけていたようだが、現在は本土で使われている日本語を総称してヤマトゥグチとし、ウチナーグチと区別しているようだ。ここでいうウチナーグチは、沖縄本島およびその周辺離島で使われる言葉のことで、宮古、八重山、奄美の言葉はウチナーグチの中に入らない。
現在の沖縄で広く使われているウチナーグチは、そのまま沖縄語といいかえることができ、沖縄語は、宮古語、八重山語、奄美語、と並べられ、言語学問的にはそれら4つを総称して「沖縄方言」としているようである。
言語学間上では、本土方言と琉球方言には音韻に厳格な対応関係が見られ、文法、文構成の法則など、すべてに於いて言語の同一性、類似性が細かく検証できるようで、沖縄の言葉は日本語の中の大きな方言として区別することが普通であるようだ。しかし学問的説明がどのようにつくにしろ、実際、沖縄の言葉に初めて接する人は会話をそのまま理解することは到底無理なことであろう。
言語学者によると、琉球方言の日本祖語からの分岐は、2、3世紀から6、7世紀頃で、それ以後、日本語の主流である本土方言が文字文化に接し変化の速度をはやめていくのに対して、地理的、歴史的に閉鎖性と停滞性を根強くかこっている沖縄では、琉球方言はきわめてスローな歩みをしたと考えられる。本土方言と沖縄方言とでは、通じない程度がドイツ語と英語のへだたり以上だそうだ、といえば少しはその感じが分かるのではないだろうか。
ところで、北欧のデンマーク語、スウェーデン語、ノルウェー語は、それぞれの国家を背景に「--語」といいわけられているが、それらは古代北欧語を基にして分かれていったもので、そのまま通じあうそうだ。同じように、ロシア語、ポーランド語、チェック語、セルビア語もまた通じあう言語であるという。このようにヨーロッパに於ける国と常用語との実態を知ると、日本語内の本土方言と琉球方言の隔たりの大きさが想像できるのではないだろうか。
さらに琉球方言内では、奄美、沖縄、宮古、八重山の言葉は、島ごとに独自の条件と変化要因を抱え込みそれぞれ発展してきたので、それぞれにまったく通じないといってもよいくらいに言語差がいちじるしい。この事実は、日本語内に於ける本土方言と琉球方言の落差自体が重要なことなのに、その琉球方言内で、さらにそれぞれの言葉が通じないということは、かなり大きな格差として注目に値する。
奄美、沖縄、宮古、八重山諸島内の四方言は、あわせて十数の方言群に分かれていて、それぞれにはっきりとした言語差を認める事ができ、本土方言の区分よりも多い。本土一億の人口が保有している方言群と、沖縄百万の人口が保有している方言群とを比較するとき、その数も、その差異も沖縄のほうがより多く、より複雑であるということは、琉球方言の独自性を十分に感じられる要素であると思う。それだけに沖縄の島で生まれ育っている人々の言語生活には計り知れない苦労がつきまとうのであり、明治以後、近代化を進めてきた沖縄で、標準語励行運動や共通語教育が盛んであるという地域的現象は、島の人々の内側からの切なる願いなのであろう。
このようなことからボク個人的には「日本語」に対して「沖縄語」もしくは「琉球語」と呼び分けたほうがいいなと思うのであるが、言語学上では普通「--語」という場合には、国家を背景としているそうで、この場合は同一国家内の言葉であるところから、沖縄の言葉を琉球方言というようである。でもオレなんかは沖縄語って呼んじゃうけどね。
ちなみにボクの友達に沖縄人が何人かいるんスけど、沖縄語っていうよりは沖縄弁というかんじで、アクセントは特殊だが、そんなにハードコアな沖縄口ではないので十分に理解できる。これは島から大和に出て来た島人が、島人相手ではなく大和人を相手にしているということも多いに関係があるだろうが、ボクらの町のおじいちゃんおばあちゃんの世代が選ぶ言葉や単語と、お父さんお母さん世代が選ぶ言葉や単語、そしてボクたちのような比較的若い世代が選ぶ言葉や単語が少しづつ変化しているように、沖縄でも世代ごとに随分と変化してきているのであろう。
ところでボクの友人の沖縄人達は決まってテンションが異常に高く、われわれがヒイキにしていた沖縄居酒屋などでは泡盛をがぶ呑みしたあげくに決まって全裸になりしょっちゅう出入り禁止になって、解禁になればまたすぐ出禁という体たらくであったが、それは今の沖縄の風土と多いに関係がありそうだ。 ん?あるのか??それが何であるかは現時点ではまだ分からないでいる。それは今後の課題。
う〜ん、とにかく知れば知るほど謎が多い地域だ。そんな沖縄にボクは見えない力で魅了されてしまっている。
ちなみに現代の欧米に住居する一部のナウでヤングな人々が使う隠語で、出入り禁止になることを「86ed」というそうだが、その理由をワタシは知らないし、今カンケーないッスよね!

