ゴーヤーチャンプルーとチャンプルー文化
自分が好んで食する料理、ゴーヤーチャンプルー。これは沖縄の郷土・家庭料理で、どこで注文しても誰に作ってもらっても作り方や素材が全然違う。それぞれ非常においしい。味噌汁の味が家庭でそれぞれ違うように、正月の雑煮の素材が家庭でそれぞれ違うように、弁当の時間となりの人におねだりしていれてもらった水筒のお茶の味が家庭でそれぞれ違うように、暑い夏の日に飲んだカルピスと水の割合が家庭でそれぞれ違うように、友達のうちに泊めてもらった時に使わせてもらったタオルの匂いが家庭でそれぞれ違うように、家庭料理にルールは存在しない。このゴーヤーチャンプルーも同様にその時作ってくれるねーねー、もしくはにーにーの気分と冷蔵庫の内容で変わってくる。が、個人的には屈強で汗くさそうなにーにーではなく、笑顔の素敵なちゅらなねーねーに作っていただきたい。その方が絶対うまいすよね。いや、うまい!、と断言。
チャンプルーは琉球語で「混合・融合する」というような意味があり、特に暑い時期で食欲が減退した時でも、ふんだんに野菜のビタミン・ミネラルや、豆腐や肉のタンパク質、肉や調理油の脂質といった各種栄養が取れるよう工夫されている。このチャンプルー、ゴーヤーに限らず様々な材料を一緒にして炒める料理で、メインにどのような材料を使うかで名前が変わってくる。例えば素麺をメインにするならソーミンチャンプルー、麩をメインにするならフーチャンプルーといった具合だ。しかし今回は僕の個人的な理由で大好物なゴーヤーに注目したい。
近頃は沖縄食文化が本土にも随分と浸透してきているので、あなたの街にある八百屋でも苦労することなくゴーヤーを購入できるだろう。旬は夏前から夏のおわりにかけてで、その時期は経験上1本100円ほどで購入でき、運がよければオツトメ品2本で100円という格安で買えたりもする。しかし今時分のような冬にはさすがに見つけにくく、スーパーマーケットにあるにはあるが夏に買えるものの半分くらいの大きさのものが1本298円もしたりする。
まあ食べ物は旬の時期に食べるのが体にも財布にもいいので僕なんかは冬には絶対買わないんすけど、先日、沖縄にどっぷりハマって以来たまに各地離島にバックパックを背負って1ヶ月程ふらりと出かけたりする年少の友人のO君が拙宅に遊びにきた際に彼が、鍋もええなあ!えええええやややや〜それプラスどーしても現地で習ったゴーヤーチャンプルーが作りたいいいいい!作りたいわああ!、とアホのように絶叫するのでしょうがなく二人でスーパーマーケットに出かけたところ、小さく弱々しいゴーヤーがそれでも298円であった。しかしO君は迷わずそれを買物カゴへ投入。いま小生のお財布はビンボー。しかしもういい大人である自分、いやワタシは、ははは年若いやつはやはりモノをよく知らない、家計や旬のことを常に考えて行動するオレ様はやはり大人だ、おほほほほん、と咳ばらいをしつつ、冷汗をかく自分を心の中で必至に言い聞かせ、だまってレジにこのカゴを持って行ったワタシはやはり大人、いや、大人物である。じ〜ん。このじ〜ん、とはこの大人な自分に心を打たれた自分が涙を目にためる瞬間の音さ。もしくは財布の中身を見た時に自分が目に涙をためた瞬間の音。
話が逸れてしまった。このゴーヤーチャンプルーそもそも調理法はどのようなものなのか。これは作り手やレシピ本等々で方法が異なるので、今回はいつも自分が作っているやり方、ザ・ドクダントヘンケンでこのゴーヤーチャンプルーという料理を紹介したい。
まずはゴーヤーをタテに真二つにカット。中心に綿のような種が詰まっているのでそれをスプーンなどでかき出す。このワタ部分が苦いので、ゴーヤーの苦みが苦手な人はキレイに取り除き水洗いするとよい。キレイに洗った半分のゴーヤーを3mmから5mmの薄切りにする。この厚さで苦みの感じ方が違うので好みの厚みにするとよい。この薄切りにしたゴーヤーに塩をふって揉むと緑色の水が出て苦みが押さえられるというので自分はそうしているが、ある友人はこの独特の苦味が好きだそうで、この行程はカットするそうだ。
ゴーヤーの水出しをしている間に豆腐を布巾やキッチンペーパーで包んで重石をして水気を切る。本当なら水分のあまりない沖縄の豆腐である島豆腐を使えば簡単だが、少々値段がハルしあまりお目にかかれないので、自分は木綿豆腐で代用している。
よく熱したフライパンにゴマ油をしき、水抜きした豆腐をちぎって入れる。正しい理由は知らないが、これは包丁で切ったきれいな断面より、不規則な凹凸のある断面の方が、豆腐に味がよくしみ込むからだと自分は解釈しているし、どうせ炒めている最中に豆腐の形は崩れる。これにコゲがかるく付いたあたりで豚肉を投入。ある程度火が通ればゴーヤーを投入する。自分はシャキシャキとした食感が好きなので、そのようにいい塩梅まで炒めた後、ここで泡盛を投入。これがフライパンに当たった時のジューという音と上がってくる蒸気がたまらない。アルコールがとんだら塩胡椒で味を整え、気分でフライパン淵に醤油を少々たらして焦がすのも風味がある。火を止めて、溶き卵を加えたら最後にカツオ節をかけて、さあ召し上がれ。とこう書いているだけで、あああ、ほっぺの奥の方からヨダレが出すぎてその部分が少しくいたい。この感覚が昔の人がよくいった、んもうわいほっぺたが落ちそうやわあ、という感覚なのだろうなあ。
とまあこんな料理です。材料や泡盛を入れるタイミングや順番、オススメの食材等、こいつがもっと美味しくなるオススメの方法があればみんなどしどし教えてくれよな。
さて、沖縄は古くから中国文化の影響を受けてきたほか、江戸時代の薩摩藩による支配、明治以降の日本政府による統治、第二次世界大戦後のアメリカ軍による統治を経験し、それぞれの文化と接することで常に影響を受け続けてきた。それらを柔軟に受け入れて、独自に生み出された沖縄の文化を、料理のチャンプルーに似ていることから「チャンプルー文化」と呼ぶことがあるそうだ。
これはわれわれの島国ニッポンにも同じようなことが言えるのではないだろうか。われわれの先祖達は、伝わりくる大陸文化を日本というフィルターを通すことで、それらを独自の誇るべき列島文化へと昇華してきた。文化をチャンプルーし自分を取り巻く世界以外をみることで、自分の世界というものをあらためて認識できるだろうし、そしてそれらを比較し吟味し、自分というフィルターを通してミックスすることで確実に新しい考え方が生まれるだろう。そこで生まれた考え方こそが新たな文化を形成していくのだと私は思う。文化は固定されたものではない。文化とは常に現在進行形で自分達自身で作っていく形のないものなのだ。
ま、なにが言いたいかっていうと、たとえば遊びに行くんでもひとつの世界に閉じこもってるよりいろんな世界を見たほうが単純におもろいんちゃう〜チャンプルーサンセイってなかんじスカネ!それに、違う文化を知ることで自分が属する文化をより深く愛することができるきっかけになるとも強く思う。誰かが言った。同じ文化の違う世代よりも違う文化の同じ世代、そういう時代。スカネ!
チャンプルーは琉球語で「混合・融合する」というような意味があり、特に暑い時期で食欲が減退した時でも、ふんだんに野菜のビタミン・ミネラルや、豆腐や肉のタンパク質、肉や調理油の脂質といった各種栄養が取れるよう工夫されている。このチャンプルー、ゴーヤーに限らず様々な材料を一緒にして炒める料理で、メインにどのような材料を使うかで名前が変わってくる。例えば素麺をメインにするならソーミンチャンプルー、麩をメインにするならフーチャンプルーといった具合だ。しかし今回は僕の個人的な理由で大好物なゴーヤーに注目したい。
近頃は沖縄食文化が本土にも随分と浸透してきているので、あなたの街にある八百屋でも苦労することなくゴーヤーを購入できるだろう。旬は夏前から夏のおわりにかけてで、その時期は経験上1本100円ほどで購入でき、運がよければオツトメ品2本で100円という格安で買えたりもする。しかし今時分のような冬にはさすがに見つけにくく、スーパーマーケットにあるにはあるが夏に買えるものの半分くらいの大きさのものが1本298円もしたりする。
まあ食べ物は旬の時期に食べるのが体にも財布にもいいので僕なんかは冬には絶対買わないんすけど、先日、沖縄にどっぷりハマって以来たまに各地離島にバックパックを背負って1ヶ月程ふらりと出かけたりする年少の友人のO君が拙宅に遊びにきた際に彼が、鍋もええなあ!えええええやややや〜それプラスどーしても現地で習ったゴーヤーチャンプルーが作りたいいいいい!作りたいわああ!、とアホのように絶叫するのでしょうがなく二人でスーパーマーケットに出かけたところ、小さく弱々しいゴーヤーがそれでも298円であった。しかしO君は迷わずそれを買物カゴへ投入。いま小生のお財布はビンボー。しかしもういい大人である自分、いやワタシは、ははは年若いやつはやはりモノをよく知らない、家計や旬のことを常に考えて行動するオレ様はやはり大人だ、おほほほほん、と咳ばらいをしつつ、冷汗をかく自分を心の中で必至に言い聞かせ、だまってレジにこのカゴを持って行ったワタシはやはり大人、いや、大人物である。じ〜ん。このじ〜ん、とはこの大人な自分に心を打たれた自分が涙を目にためる瞬間の音さ。もしくは財布の中身を見た時に自分が目に涙をためた瞬間の音。
話が逸れてしまった。このゴーヤーチャンプルーそもそも調理法はどのようなものなのか。これは作り手やレシピ本等々で方法が異なるので、今回はいつも自分が作っているやり方、ザ・ドクダントヘンケンでこのゴーヤーチャンプルーという料理を紹介したい。
まずはゴーヤーをタテに真二つにカット。中心に綿のような種が詰まっているのでそれをスプーンなどでかき出す。このワタ部分が苦いので、ゴーヤーの苦みが苦手な人はキレイに取り除き水洗いするとよい。キレイに洗った半分のゴーヤーを3mmから5mmの薄切りにする。この厚さで苦みの感じ方が違うので好みの厚みにするとよい。この薄切りにしたゴーヤーに塩をふって揉むと緑色の水が出て苦みが押さえられるというので自分はそうしているが、ある友人はこの独特の苦味が好きだそうで、この行程はカットするそうだ。
ゴーヤーの水出しをしている間に豆腐を布巾やキッチンペーパーで包んで重石をして水気を切る。本当なら水分のあまりない沖縄の豆腐である島豆腐を使えば簡単だが、少々値段がハルしあまりお目にかかれないので、自分は木綿豆腐で代用している。
よく熱したフライパンにゴマ油をしき、水抜きした豆腐をちぎって入れる。正しい理由は知らないが、これは包丁で切ったきれいな断面より、不規則な凹凸のある断面の方が、豆腐に味がよくしみ込むからだと自分は解釈しているし、どうせ炒めている最中に豆腐の形は崩れる。これにコゲがかるく付いたあたりで豚肉を投入。ある程度火が通ればゴーヤーを投入する。自分はシャキシャキとした食感が好きなので、そのようにいい塩梅まで炒めた後、ここで泡盛を投入。これがフライパンに当たった時のジューという音と上がってくる蒸気がたまらない。アルコールがとんだら塩胡椒で味を整え、気分でフライパン淵に醤油を少々たらして焦がすのも風味がある。火を止めて、溶き卵を加えたら最後にカツオ節をかけて、さあ召し上がれ。とこう書いているだけで、あああ、ほっぺの奥の方からヨダレが出すぎてその部分が少しくいたい。この感覚が昔の人がよくいった、んもうわいほっぺたが落ちそうやわあ、という感覚なのだろうなあ。
とまあこんな料理です。材料や泡盛を入れるタイミングや順番、オススメの食材等、こいつがもっと美味しくなるオススメの方法があればみんなどしどし教えてくれよな。
さて、沖縄は古くから中国文化の影響を受けてきたほか、江戸時代の薩摩藩による支配、明治以降の日本政府による統治、第二次世界大戦後のアメリカ軍による統治を経験し、それぞれの文化と接することで常に影響を受け続けてきた。それらを柔軟に受け入れて、独自に生み出された沖縄の文化を、料理のチャンプルーに似ていることから「チャンプルー文化」と呼ぶことがあるそうだ。
これはわれわれの島国ニッポンにも同じようなことが言えるのではないだろうか。われわれの先祖達は、伝わりくる大陸文化を日本というフィルターを通すことで、それらを独自の誇るべき列島文化へと昇華してきた。文化をチャンプルーし自分を取り巻く世界以外をみることで、自分の世界というものをあらためて認識できるだろうし、そしてそれらを比較し吟味し、自分というフィルターを通してミックスすることで確実に新しい考え方が生まれるだろう。そこで生まれた考え方こそが新たな文化を形成していくのだと私は思う。文化は固定されたものではない。文化とは常に現在進行形で自分達自身で作っていく形のないものなのだ。
ま、なにが言いたいかっていうと、たとえば遊びに行くんでもひとつの世界に閉じこもってるよりいろんな世界を見たほうが単純におもろいんちゃう〜チャンプルーサンセイってなかんじスカネ!それに、違う文化を知ることで自分が属する文化をより深く愛することができるきっかけになるとも強く思う。誰かが言った。同じ文化の違う世代よりも違う文化の同じ世代、そういう時代。スカネ!
THE 泡盛
前回の宮古の飲酒法おとーりの巻、に泡盛というお酒が登場したね。泡盛。これ如何に。泡盛とは、米を原料としてアワモリコウジカビを用いた黒麹によって発酵させたモロミを蒸留したもので、これは泡盛だけが持つ特徴である。黒麹菌でつくった麹は殺菌力の強いクエン酸を多く生成するため、これで仕込んだもろみは雑菌の繁殖がかなり抑えられ、1年中気温が高く湿度も高い沖縄でもモロミを腐敗させることなく良質の泡盛を造ることができるそうだ。その米は日本酒と異なり主にタイ産の砕米が用いられる。タイ米(インディカ米)はジャポニカ米に比べて麹をつくりやすく、米の内部まで菌糸を伸ばした麹ができるので酒にコクと旨みをもたらすそうだ。でも詳しい作り方などはここではスキップ!
3年以上貯蔵したものは古酒=クースと呼ばれ、コクや独特の香気が出てうまくなる。かつては琉球王朝時代に200年物や300年物が存在したとされるが、沖縄戦により全て失われ、今では首里の識名酒造に貯蔵された140年物の古酒が現存するだけだそうだ。やはり何時如何なる場合でも戦争の罪は果てしなく大きい!
古酒は瓶内でも熟成されるため、家庭でも新酒をそのまま寝かせることで簡易的に古酒にすることも可能だ。かつては本土に出荷した泡盛の売れ残りが沖縄に送り返されることがあり、沖縄の業者は古酒になっているため喜んで引き取っていたが、本土の業者にも熟成のことが知れ渡ると売れ残りが送り返されることがなくなったという。
酒の蒸留技術は14世紀後半から15世紀頃に現在はタイとよばれるシャム国から伝えられた。淘汰を重ね、磨き抜かれた泡盛は貿易の品として珍重され、中国や日本に運ばれて唯一無二の酒として喜ばれた。当時は穀物の生産量が少なかった為、泡盛造りは首里王府の徹底した管理下に置かれ、王府で認められた家以外での泡盛造りを禁止するほどで、それは古来より泡盛を造り続けてきた焼酎職と呼ばれる30戸と、追加で認められた10戸の計40戸のみであったという。もし泡盛造りに失敗したりすると、軽いものは蒸留機の没収、重いものでは家財没収のうえ島流しにされたという。
しかし琉球王国が崩壊し沖縄県が発足した時、泡盛の自由化も始まりピーク時には760戸もの酒造業者があったが、その後酒税法の適用や不況で減り続け第二次世界大戦で全ては破壊され、戦後は泡盛の製造も禁止された。現在、多くの愛飲者がある泡盛がようやく復活したのはなんと1947年だそうだ。
泡盛の名前の由来についてはいくつかの説があるようだ。元々は「サキ」などと呼ばれ、歴史に登場した頃は「南蛮酒」、江戸幕府に献上するようになった頃は「焼酎」「焼酒」と呼ばれていた。「泡盛」として初めて記録上に出てきたのは1671年のことで、最も有力な説は、蒸留したてのアルコール度数を調べるため、器から器に酒を落とし泡立ち具合をみたというもので、強い酒は注ぐ時によく泡だつことから泡盛の名前が生まれたという。
とまあ泡盛についてはこんなところで句読点を打ちつつ、じゃあいったいどんな呑み方がうまいのか。泡盛は蒸留酒なので飲み方に制約はない。ってたとえ制限があっても自分の好きなように呑めばいいんすけどね。ま、モノノホンによれば、ストレートやオンザロック、水割りにお湯割りはモチロン!焼酎のように酎ハイにしたり、コーラで割ったり、ジンやウォッカのようにカクテルのベースにもなります。また、梅酒などのリキュール類にしたりと幅広い飲み方が楽しめるのも泡盛の魅力。水で割っても伸びが効き、美味しく飲めるのも泡盛ならではです。さあ存分に泡盛をお試しあれ!、とあり、例えば10年以上の古酒なら、小さなお猪口でチビイチビイとナメるようにその芳醇な香味を味わう。年数の若い古酒ならとりあえずストレートで味を楽しんだ後にロックや水割りで。泡盛本来のコクや旨みを楽しむなら、43度のものを水割りで飲むのがおすすめです。一般酒であれば水割りにシークヮーサーやレモンを絞ったり、健康に気を遣ってウッチン(ウコン)茶割りにする人もいます。コーヒー割りは最近秘かに流行っている飲み方です。ぜひ一度お試しください。 、というような感じ。
ボクなんかは湯割や水割がちょうどくらいっすけど、100%シークヮーサー果汁と炭酸水で割る方式もがぶがぶ行けてけっこう好きでしたね。アテは陰干しした豆腐を米麹や紅麹、そして泡盛を混ぜた汁に漬け、約半年ほど発酵させた豆腐ヨウを爪楊枝でほじってチビチビ舐めながら飲るとか最高っすね!この場合、飲る、はヤルと読む。あとは王道、苦瓜の炒め物ゴーヤーチャンプルーとか、沖縄特産の海藻でグリーンキャビアとも呼ばれる海ぶどうのプチプチした食感も捨てがたいし、豚の角煮のラフテーのあの油もやばいし、豚の耳をスライスして酢醤油で和えたっていう調理方法はグロいがうまいミミガーもええなあ。南海の魚?グルクンの揚げものも美味・・・。って書いていたらヨダレが出てきてすっかり心が乱れてしまったので、全裸にならない大人しい友人を誘ってこれから飲酒に出かけることにします。小生の頭はイマ泡盛でイッパイ。
3年以上貯蔵したものは古酒=クースと呼ばれ、コクや独特の香気が出てうまくなる。かつては琉球王朝時代に200年物や300年物が存在したとされるが、沖縄戦により全て失われ、今では首里の識名酒造に貯蔵された140年物の古酒が現存するだけだそうだ。やはり何時如何なる場合でも戦争の罪は果てしなく大きい!
古酒は瓶内でも熟成されるため、家庭でも新酒をそのまま寝かせることで簡易的に古酒にすることも可能だ。かつては本土に出荷した泡盛の売れ残りが沖縄に送り返されることがあり、沖縄の業者は古酒になっているため喜んで引き取っていたが、本土の業者にも熟成のことが知れ渡ると売れ残りが送り返されることがなくなったという。
酒の蒸留技術は14世紀後半から15世紀頃に現在はタイとよばれるシャム国から伝えられた。淘汰を重ね、磨き抜かれた泡盛は貿易の品として珍重され、中国や日本に運ばれて唯一無二の酒として喜ばれた。当時は穀物の生産量が少なかった為、泡盛造りは首里王府の徹底した管理下に置かれ、王府で認められた家以外での泡盛造りを禁止するほどで、それは古来より泡盛を造り続けてきた焼酎職と呼ばれる30戸と、追加で認められた10戸の計40戸のみであったという。もし泡盛造りに失敗したりすると、軽いものは蒸留機の没収、重いものでは家財没収のうえ島流しにされたという。
しかし琉球王国が崩壊し沖縄県が発足した時、泡盛の自由化も始まりピーク時には760戸もの酒造業者があったが、その後酒税法の適用や不況で減り続け第二次世界大戦で全ては破壊され、戦後は泡盛の製造も禁止された。現在、多くの愛飲者がある泡盛がようやく復活したのはなんと1947年だそうだ。
泡盛の名前の由来についてはいくつかの説があるようだ。元々は「サキ」などと呼ばれ、歴史に登場した頃は「南蛮酒」、江戸幕府に献上するようになった頃は「焼酎」「焼酒」と呼ばれていた。「泡盛」として初めて記録上に出てきたのは1671年のことで、最も有力な説は、蒸留したてのアルコール度数を調べるため、器から器に酒を落とし泡立ち具合をみたというもので、強い酒は注ぐ時によく泡だつことから泡盛の名前が生まれたという。
とまあ泡盛についてはこんなところで句読点を打ちつつ、じゃあいったいどんな呑み方がうまいのか。泡盛は蒸留酒なので飲み方に制約はない。ってたとえ制限があっても自分の好きなように呑めばいいんすけどね。ま、モノノホンによれば、ストレートやオンザロック、水割りにお湯割りはモチロン!焼酎のように酎ハイにしたり、コーラで割ったり、ジンやウォッカのようにカクテルのベースにもなります。また、梅酒などのリキュール類にしたりと幅広い飲み方が楽しめるのも泡盛の魅力。水で割っても伸びが効き、美味しく飲めるのも泡盛ならではです。さあ存分に泡盛をお試しあれ!、とあり、例えば10年以上の古酒なら、小さなお猪口でチビイチビイとナメるようにその芳醇な香味を味わう。年数の若い古酒ならとりあえずストレートで味を楽しんだ後にロックや水割りで。泡盛本来のコクや旨みを楽しむなら、43度のものを水割りで飲むのがおすすめです。一般酒であれば水割りにシークヮーサーやレモンを絞ったり、健康に気を遣ってウッチン(ウコン)茶割りにする人もいます。コーヒー割りは最近秘かに流行っている飲み方です。ぜひ一度お試しください。 、というような感じ。
ボクなんかは湯割や水割がちょうどくらいっすけど、100%シークヮーサー果汁と炭酸水で割る方式もがぶがぶ行けてけっこう好きでしたね。アテは陰干しした豆腐を米麹や紅麹、そして泡盛を混ぜた汁に漬け、約半年ほど発酵させた豆腐ヨウを爪楊枝でほじってチビチビ舐めながら飲るとか最高っすね!この場合、飲る、はヤルと読む。あとは王道、苦瓜の炒め物ゴーヤーチャンプルーとか、沖縄特産の海藻でグリーンキャビアとも呼ばれる海ぶどうのプチプチした食感も捨てがたいし、豚の角煮のラフテーのあの油もやばいし、豚の耳をスライスして酢醤油で和えたっていう調理方法はグロいがうまいミミガーもええなあ。南海の魚?グルクンの揚げものも美味・・・。って書いていたらヨダレが出てきてすっかり心が乱れてしまったので、全裸にならない大人しい友人を誘ってこれから飲酒に出かけることにします。小生の頭はイマ泡盛でイッパイ。
おとーり/オトーリ/お通り/御通り ―宮古の飲酒法―
明けましたねー2007も楽しみましょう!さて、正月時期といえばあらゆる席で酒が出てくる機会が増えることと思いますが、今回のボクの年末年始、地元の友人達は落ちつきはじめたのか、なんか大人しくなっちゃっててそんなに激しくなかったっすね。それが証拠に毎年狂乱の年越しを迎えるはずが、今回は布団の中で、は〜もうはや一年たったな〜なんや毎年どんどんはよなっていくよーに感じるわー。な!自分もそうやろ〜!?うへらへらへら、なんて下品に笑いながらどこかで何度も聞いたような感想で一年をまとめながら彼方で鳴っている除夜の鐘に耳をすませつつ、2000年を機に始まった行事、新年を告げる15分間の花火群に対して、うるせーうるさかうるさいさーうるさいっちゅーねん花火はミレニアムの時だけで十分ちゃうんけ惰性で続けとんちゃうどこっちはもう布団の中でウツラウツラ、ユメウツツ、もしくはオネムやねんどぼけかすおじいちゃんおばあちゃんも同意見やぼけかす、と心の中で呪詛の言葉を浴びせていたら意識が遠のき、気がついたら朝になっていたそんなフレッシュな年明け。
それはさて置いておいて、沖縄で酒と言えば泡盛。泡盛と心を許せる仲間が集まればそう、THE ウタゲっすよね!そんな宴の席での素敵な風習が宮古地方にあった。
「おとーり」とは車座になって泡盛を飲む酒宴での作法/飲酒法で、まず泡盛とグラスをひとつだけ用意し、オトーリを始める人である「親」を決める。これはその場のノリと雰囲気で決まることが多いようだ。親になった者は泡盛を入れたグラスを持って「口上」と呼ばれる挨拶をする。今日この仲間と飲めることがうれしい、などその瞬間の集まった人への気持ちを伝えてもいいし、恋人ができました、や、免許をとることができました、などの近況を報告してもいいし、知らない人達がいれば自己紹介をするなど基本的に話題はなんでもよいようだ。ただしここはポジティブな話題にしておいたほうが絶対楽しいし、酒の席でネガティブな話題や愚痴は絶対によろしくないとボクは思うな。酒は楽しく!ヤケザケはなしの方向で!宮古島の人は笑顔でこう言うそうだ。お酒は楽しく飲む大事なもんさぁ。
口上が終わると親はグラスの泡盛を一息で呑み干し、それに泡盛を注いで隣の人へ挨拶や小話をしながら、よろしくね〜、などといってグラスを回し、それを受け取った人が呑む。呑み終わったらグラスは親に返し、親はまたそれに泡盛を注ぎ、次の人に同じように挨拶や小話をしてグラスを渡す。呑み干せばグラスは親に返す、これを繰り返して一周させる。全員に泡盛を注ぎ終えると、親は隣の人へ代わる。そして次の親も同じく挨拶や自己紹介をみんなにしてから呑みまわす。てな感じの行いがエンドレスに続く。ちなみに宮古島のおとーりは祝い宴会の場だけでなく法事や不幸の後でも酒の席では行れるそうだ。この場合は故人の思い出話など一人ずつ語るようである。
おとーりの起源は、16世紀頃に琉球王国の領地内で流行した中国式の乾杯だそうだ。その当時は、酒宴の開催者が来賓に酒を振る舞うために行っていたらしい。琉球王府時代、穀物の生産量が少なかったので、泡盛は首里でのみ製造を許可されていたため、庶民には非常に貴重品であった。そのため、量の少ない泡盛を酒宴の参加者みなでわけあって楽しもうという、宮古人のあたたかさと物を大事にする気持ちから生まれ、語源は、宮古の言葉で、通る、通過するの意「ウトゥー」で、意味は「酒器が酒座を通ること」、「神と人が通じ合うこと」だそうだ。もともとは大漁・豊作を願う祭りの儀式として始まったようで、左回りなら大漁、右なら豊作を祝う。どっちも良いことだけで、こういうのオレ好きッス!
そんなエンドレス連続飲酒なんてアルコールに弱いオイラ、もしくはアタイには大変じゃないか!、という声が聞こえてきそうだが、それは体育会の下世話な新歓コンパとは次元が違う。アルコールに弱い人には少なめについであげたり、酒の強い人が代わりに呑んであげたり、酒が一切飲めない人には茶などのソフトなドリンク類をそそいであげればよいのだ。宮古島の人は笑顔でこう言うそうだ。お酒は楽しく飲む大事なもんさぁ。
しかしこのおとーり、一度始まったら最後、延々と回り続けるので、宮古人でさえも、宴が長引いてくると自分の荷物をどんどん出入り口の近くによせはじめ、トイレに行くふりをして逃げたり、携帯で話し込んでいるふりをして、そのまま姿を消してしまうこともあるそうだが、退席の旨を伝える方が無礼で、リタイヤしたいときはスッといなくなるのが良いとされている。アトその場で寝たりとかもイーンジャネーノ?
我思うに、このおとーり、なにが良いかって全員が全員に泡盛をつぐ機会があり、そこで全員が全員とコミュニケーションを交わす事ができる。みんなが親になり、みんながみんなの話に耳を傾ける。
われわれがよく知っている大人数の飲み会において、まわりの人としか話せなかったな、ということはよくあることだ。積極的な人は席を移動し様々な人と会話を交わしたり、冗談を言ったりすることができるだろうが、引っ込み事案の人は席をウロウロしたり、自分の思いを積極的に発表することもあまりないだろう。しかしあらたまって自分の思いを伝えられるのはすごく素敵なことだし、反対にいつもボクらの話をニコニコしながら聞いているもの静かなあいつが実はこんな思いを持っていたのかという素晴らしい発見もあるだろう。知らなかった仲間の素敵な一面を垣間みることでその仲が深まることは必至だし、また、はじめまして、と乾杯した人ともすぐにうちとけあえるだろう。それにこの会話の相乗効果でなにか素晴らしいアイデアがひらめくかもしれないし、なによりちょっと照れくさくて電話番号を聞くことができずにいた素敵なあの娘と仲良くなる絶好のチャンスだ。この流れは不自然じゃない。すごく自然な流れなのさ。
それはさて置いておいて、沖縄で酒と言えば泡盛。泡盛と心を許せる仲間が集まればそう、THE ウタゲっすよね!そんな宴の席での素敵な風習が宮古地方にあった。
「おとーり」とは車座になって泡盛を飲む酒宴での作法/飲酒法で、まず泡盛とグラスをひとつだけ用意し、オトーリを始める人である「親」を決める。これはその場のノリと雰囲気で決まることが多いようだ。親になった者は泡盛を入れたグラスを持って「口上」と呼ばれる挨拶をする。今日この仲間と飲めることがうれしい、などその瞬間の集まった人への気持ちを伝えてもいいし、恋人ができました、や、免許をとることができました、などの近況を報告してもいいし、知らない人達がいれば自己紹介をするなど基本的に話題はなんでもよいようだ。ただしここはポジティブな話題にしておいたほうが絶対楽しいし、酒の席でネガティブな話題や愚痴は絶対によろしくないとボクは思うな。酒は楽しく!ヤケザケはなしの方向で!宮古島の人は笑顔でこう言うそうだ。お酒は楽しく飲む大事なもんさぁ。
口上が終わると親はグラスの泡盛を一息で呑み干し、それに泡盛を注いで隣の人へ挨拶や小話をしながら、よろしくね〜、などといってグラスを回し、それを受け取った人が呑む。呑み終わったらグラスは親に返し、親はまたそれに泡盛を注ぎ、次の人に同じように挨拶や小話をしてグラスを渡す。呑み干せばグラスは親に返す、これを繰り返して一周させる。全員に泡盛を注ぎ終えると、親は隣の人へ代わる。そして次の親も同じく挨拶や自己紹介をみんなにしてから呑みまわす。てな感じの行いがエンドレスに続く。ちなみに宮古島のおとーりは祝い宴会の場だけでなく法事や不幸の後でも酒の席では行れるそうだ。この場合は故人の思い出話など一人ずつ語るようである。
おとーりの起源は、16世紀頃に琉球王国の領地内で流行した中国式の乾杯だそうだ。その当時は、酒宴の開催者が来賓に酒を振る舞うために行っていたらしい。琉球王府時代、穀物の生産量が少なかったので、泡盛は首里でのみ製造を許可されていたため、庶民には非常に貴重品であった。そのため、量の少ない泡盛を酒宴の参加者みなでわけあって楽しもうという、宮古人のあたたかさと物を大事にする気持ちから生まれ、語源は、宮古の言葉で、通る、通過するの意「ウトゥー」で、意味は「酒器が酒座を通ること」、「神と人が通じ合うこと」だそうだ。もともとは大漁・豊作を願う祭りの儀式として始まったようで、左回りなら大漁、右なら豊作を祝う。どっちも良いことだけで、こういうのオレ好きッス!
そんなエンドレス連続飲酒なんてアルコールに弱いオイラ、もしくはアタイには大変じゃないか!、という声が聞こえてきそうだが、それは体育会の下世話な新歓コンパとは次元が違う。アルコールに弱い人には少なめについであげたり、酒の強い人が代わりに呑んであげたり、酒が一切飲めない人には茶などのソフトなドリンク類をそそいであげればよいのだ。宮古島の人は笑顔でこう言うそうだ。お酒は楽しく飲む大事なもんさぁ。
しかしこのおとーり、一度始まったら最後、延々と回り続けるので、宮古人でさえも、宴が長引いてくると自分の荷物をどんどん出入り口の近くによせはじめ、トイレに行くふりをして逃げたり、携帯で話し込んでいるふりをして、そのまま姿を消してしまうこともあるそうだが、退席の旨を伝える方が無礼で、リタイヤしたいときはスッといなくなるのが良いとされている。アトその場で寝たりとかもイーンジャネーノ?
我思うに、このおとーり、なにが良いかって全員が全員に泡盛をつぐ機会があり、そこで全員が全員とコミュニケーションを交わす事ができる。みんなが親になり、みんながみんなの話に耳を傾ける。
われわれがよく知っている大人数の飲み会において、まわりの人としか話せなかったな、ということはよくあることだ。積極的な人は席を移動し様々な人と会話を交わしたり、冗談を言ったりすることができるだろうが、引っ込み事案の人は席をウロウロしたり、自分の思いを積極的に発表することもあまりないだろう。しかしあらたまって自分の思いを伝えられるのはすごく素敵なことだし、反対にいつもボクらの話をニコニコしながら聞いているもの静かなあいつが実はこんな思いを持っていたのかという素晴らしい発見もあるだろう。知らなかった仲間の素敵な一面を垣間みることでその仲が深まることは必至だし、また、はじめまして、と乾杯した人ともすぐにうちとけあえるだろう。それにこの会話の相乗効果でなにか素晴らしいアイデアがひらめくかもしれないし、なによりちょっと照れくさくて電話番号を聞くことができずにいた素敵なあの娘と仲良くなる絶好のチャンスだ。この流れは不自然じゃない。すごく自然な流れなのさ。



